モペゾム・ド・思考

抽象性、無意味、無駄、

暇な時何見てんの?

「んー、ポルノっすかねヱ」

 暇な時はポルノ動画を見ている。楽しくはない。面白くもない。それでもなお連綿と快楽を表出し続ける被写体の営為を見ている。

 意味は、それを思いつくより先に行動自体があらゆる疑義に覆い被さる。意味として、大義として。そういった休暇は、往々にして意思より行動が先んじる。この合理性審理機構は事物のみを審議し、事物を取り締まる維持法には時限がない。急迫性とは仮想の文言でしかなく我々はいつも緩やかに永くそして徹底的に事物を根絶する。人間は長期的には死んでおり、いつまでも時限に拘束され急迫した報酬を過大に評価するが、機関は永遠を約しており、差し迫る報酬も懲罰も水平的に評価する。その契約は機構を存続し得る最低限の数量を切るまで貫徹される。ゆえに、“我々”は最期の瞬間まで“我々”であり続けることができる。しかしながら、自己という単一の存在までは保証しないのだった。

 我々は存続する。それを信じて長期的な計画を練っても良い。私が死んでも我々がいる。我々がいる限り私の遺思は母体と同化しながら存続する。それを信じるならばポルノを見る必要はない。あまねく、我々の急迫性は無用なのだから。

昔はもっとはっきり生きていたよな

 経験を積むことで散逸するのは記憶だけではない。好みもまた多く重ねられた結果飽和する。昔はもっとはっきりとした好みがあった。好みは経験の中でもっとも選好性の高い意思が選ばれる。例えば、イカの天ぷらが食べたいだとか──浅い経験であればより限定的になる。例えば、大葉の天ぷらが食べたいだとか──それは殆ど直近の感動を再起させるトリガーであり衝撃に従った選好は生物的にもっとも正しい好みといえる。

 そしていくつかの天ぷらを食べるうちに、食べたいものが天ぷらとなった。その時点ですでに好みは崩壊に差し掛かっていたのだ。特定性はなくなり一個にして確固とした確信さえ築き難い。そしてある日、私は天ぷらに付属した──丼、蕎麦──を好むようになり、かつての大葉、イカは笊の隅に小さく居座るだけとなった。

 今の私は何が重要なのか分からない。蕎麦か、塩か、天ぷらなのか。

 昔はもっとはっきり生きていたよな。

「ポップキュンてイラストレーターがさ、ライスシャワー描いたら『ポッピンシャワー』になんのかな」

──ならねえか、ハハ

 

会話はそこで終わっている。沈みゆく西陽が街を呑みつつある。私は背を向けながら歩いていた。鈍重な歩みで今日を忘れようとしていた。斜陽は次第に赤みを増し一層烈しく包むけれど街を呑んでいるのは実際闇の方だった。私は闇に招かれている。そうした家路はいつもより寂しい。沸々とやれなかったことが浮かぶ。闇の中。それに呼応して寂しさの増す。闇の中。私はいつも迷っている。家に帰るべきかそれともやり残したことを終えるべきか。やり残したこととはそれ自体別にやらなくても良かった。いつかやればよかった。ただいつかは必ずやらなければならなかった。それが早いか遅いかに根本的な違いはない。早いからといって早計でなく遅いからといって時機を逸したわけでない。表面上早いか遅いかというだけ。それだけは重大に質を異にした。そう思えば怠惰のなすがまま先送りにし続ける。YESとNOの大抵はNOの方が賢明なのだと。私は闇を早駆け家に帰った。

マスク下

 マスク下に卑猥の意味を込める風潮が今後起こるかについて、ただ感覚的にはそれを否定している。マスクがある意味の下着となり忌むべきものを隠す目的で用いられることはおよそ予想の通りであろうがただ私が現に感じる脱マスク状態への感覚的嫌悪は陰部に対するそれを遥かに超えている。それはその内なる存在が生命にとって善か悪か詰まり有益が有害かを問うときに我々の自然知るところ陰部の社会的有害さはともあれ人類種の本懐に必要不可欠な益体をなすものであるから嫌悪感の裡にはより巨大な固定観念が存在し一個の強制力を伴ってそれを肯定するものであるが対してマスク下の口吻には種の存続的な意味がまるで欠如しており却って有害な黴菌を撒き散らす禍根として存在するものに対し我々が肯定する余地はないのであった。

 しかしながら病理は本質的なものであり口の侵されたものは陰部も侵されるのであってこれらに本質的な価値はないけれどそれを余人が悟るほど賢明ではない点これらには決定的な意味の違いが存在するのではないか。

悪とそうでないもの

 私は自らの意識に少女を飼っている。名前はない。行動理念もない。コードもなければ心もない。与えていない。性別を与えたのは、彼女を自己の対照におくためである。

 少女は常在せず、一定の条件が整ったときに現れる。大抵は、現在地から二歩程度前の視界に現れ、そののち辻の向こう、人集り、壁の奥、地平に沈んで消える。それは意識において一瞬の間に行われ、私はいつも彼女の面立ちを掴み損ねる。髪は揺れる程度に長いか、身丈が肩ほどなら身長は150センチ程度か、そうした影形の情報は得られてもその詳細までは得られない。

 しかしながら、彼女の存在理由は確かだった。

条件、それは私が何か現実の法則によって欲求を妨げられていること

条件、私が破滅的な蛮行による既存価値の破壊を期待していること

条件、物理的または社会的に死に得る機会が眼前にあること

 それらが、彼女が出現する凡その条件である。

 少女は出現し欲求を叶える。法則を破壊し、状況を破壊し、自らをも破壊する。

時に、彼女は式典に登壇し新入生代表をぶん殴って退場させられる

時に、鴨川に投身する

時に、自転車と狂走する

時に、ホームで人を押し

時に、赤信号を無視し、

時にして、車に轢き殺される

時に、ホームに投身する

 少女は義を破っては死んだり、また物理的に破壊されて死ぬ。いや、死にはしない。生を与えていないのだから死ぬことはない。現に彼女は何度でも再起する。再起しては斃れ、斃れては再起する。死ぬ、とそう表現するのは、私が「死んだ」と思うからに他ならない。私は少女に死んでほしいのか。或いはその光景を自己に投写して事実紛いの心象を築こうとしているのだろうか。

 その少女を殺害し続ける心理にはきっと厳粛な希死念慮が潜むのだろうと思われた。それを代弁し暗裡に解消する少女は自己にとっての安全マージンなのか。心做しかこの少女を希死念慮の具現だとするのは違和感があった。少女は死ぬ。だが死なない時もある。単に破滅を望むのではなく破滅を予見しているのかもしれない。

 安易愚直だと思われることが多々ある。雨の日に傘を差さなかったり、ドブを泳いでみたり、手を炙ってみたりだとか。それらは間抜けでどうしようもない愚行だけれども、それに遭遇しないものはその危難さえ知りようがないのだ。ゆえに少女は代弁する。この危難の末に破滅がある。ゆえにこれは愚行だからお前はするな、そう言っているのかもしれない。

 先だって、少女はまたひとつ愚行をした。

 少女は、SNSを悪とそうでないものとを分別するツールとして使い、それを大いに喧伝した末に炎上した。

信号待ち、信号無視、少女の距離

 問題:俺があの信号を無視した少女に追い付くのは何時間後か。但し、横断歩道は2mとし、少女は何かの焦燥を携えているものとする。

 

 現実の遠望。我が悪意なきは善良人の心境には悪意のごとく映るようであり、私はそうした事実に対する術として事情不通の無知を徹した毅然たる面持ちをしたのだった。

 よく、争いは同程度のものでしか起こり得ないという諺が囃されるが、あれも結局、争いも対話の一形態に過ぎないという証左でしかなく、本質的に、対話というものは対等の間にしか生じ得ないのだ。ゆえに、人と交わりたきは、対する人の加減によって容易く衰えたがる。そしてその逆は有り得ず、いくら人と交わりたきとて、人の知能が忽然と増長することはない。この点、人と人との関係を規律する唯一則は不平等であり、或いは対話というそれ自体さえ状態の不平等を前提として進められる交流なのかもしれなかった。

 これを思えば終に今まで人と対話したことはないかのごとくであって、容易く衰えるに甘んずる事なきは、ただ他人との接触を拒んでいるかにさえ見えた。誰かに話し掛けているようで本質的には単なる独白であり、傾聴も詩吟もそれ自体は分別されることのない一体の所作として遍く市井に偏在し誰も彼もが詩人であり、友人などはこの世に一辺一組たりとも存在しないのかもしれなかった。

 私は詩吟したくて朝夕を駆け抜け夜に留まり次いでの来光を呷るのだったか。徹した無知、毅然と無関係を言う顔面がにわかにモノローグの欲求に餓え怒罵という怒罵を渾然した叫びを上げ猛り狂い眼前の白も黒も赤さえも定まらぬまま光芒を掻き分け天佑を祈り数多の驚愕と実時間の法則を置き去り速く、速く過去と現在と未来を凡そ一間に圧縮し明滅の韋駄天として無重力を走ったか。

 走り得たというのなら、二時間後、私はあの少女に追いつくことさえかなっただろう。

 私を急き立てる小雨は昨日降り済まされた。

『ハーモニー』を職場に忘れた帰途だった。

沈黙と静寂の別

沈黙と静寂の別を答えよ

──聞きたいことがあるんだけど

えっ?

──あのさ、あっためてくださいっていう商品あんじゃん

「あっためてください」という「商品」? 

──それでさ、あっためないで食べちゃったとしたらどうなるんだろうね

「あっためてください」という「商品」を「あっためない」で「食べ」ちゃうの?

──そ、つかさ、魚ってさ、綺麗だよね

えっ?!

──でも魚ってクサくてギョロギョロしててキモいのに水ん中だとすごく綺麗だよね

そうかも

──分かんなくない?

分かんないかも

──つまりさ、そういうことでしょ

──沈黙と静寂がなんで違うと思う?

・・・分かんない

──そ。

──分かろうと、してるだけなんだよね。結局はさ、