モペゾム・ド・思考

抽象性、無意味、無駄、

暗闇の色を知る

 今でもたまに、財布を無くしたことについて、酷く怒り悲しむことがある。強い憎しみと深い悲嘆で眠れぬ夜。

 大抵の感情は、その突発性から一過的に忘れることができるが、なぜかそうした事情と、その周辺の事情と、それぞれに対応した感情は、今でも現存したまま、脳裏に焼き付いて、生臭さい。

 誰かを憎んだとて晴れるわけではなかった。一番悪いのは盗ったそいつだとして、二番目は俺、あとはそれを茶化す周りの人間……ただそのどれを憎んだとて、決して果たせぬ感情があった。筋違いな憎しみだった。その憎しみ自体が、そもそも対象を持つべきでないからだ。

 思えば、そういう怒りで頭が一杯なときがある。採算の合わない怒り、不公平な感情。そういうものに手を拱く日々で、俺の情操は、常から怒りに支配されている。

 慰めになるようなものはもう残っていない。差し伸べられた手も断って、ただ毅然と、薄明な理性を試していた。俺の中に何が残るのか。暴性と相談し、酷薄さと折衝するため、夜の時間を使うようになった。

 眠りは浅く遠い。夢を見ず、現を忘れず、我を顧み、平然を装って今日を漂う。微睡みの中でのみ怒りを忘れられる。それが唯一、俺が俺へ与えうる罰だというのだろうか。

 紫紺に誰かの囁きが揺蕩う。言葉を頼むうちはきっと大丈夫と。