モペゾム・ド・思考

抽象性、無意味、無駄、

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「ねえ、オモコロチャンネルの人たちは、普段面白くない人が頑張って面白くさせようとしてるのか、それとも、元々面白い人たちなのか。どっちだと思う?」

「…」

「オモコロチャンネルの視聴者は…」

「もうやめてくれ」

これは何かの罰なのか。彼女の丸い瞳に見つめられながら、そこに収まりきらないほどの湿りが背中を塗る。一時間も前からずっと何かを言いかけていて、ただ一言も発さないまま、却って喉の奥は乾き始めている。そんな俺を彼女は待っていて、ずっと待っていて、飽かずして待ち続け、良い吐瀉を促すほどに優しくも、その前途は緊張に閉ざされており、果たして何を吐くのか、言葉が汚物か、血か、それとも罵詈という罵詈なのか、彼女の期待するところはそこか。ただ何かを待たれ続けることの苦しみを味わうだけの時が過ぎ、しかしながら、その沈黙の隔たりはさらなる苦しみを生むのだろうという不安が、俺の感情を表す言葉を端から端まで駆逐しつつあった。彼女は不確かに笑っていた。

人生を加速させる。時を表す言葉に加速という表現を足すことは破綻しているが、人生とはすなわち時を表す言葉ではない。少なくともこの場合は、生活にかかる全てのことを人生と呼んでいる。

例えばウォシュレットを使うだけで人生は加速する。ノーアイロンシャツを買うだけで人生は加速する。湯船に浸かれば人生は減速し、病気になれば遅滞する。この感覚さえ伝われば良い、独り善がりの表現である。

また、理由のない行動の有意性について問われることがある。理由と成果の紐付けに執心することもある。存在には意味があり、早いこともまたそれだけで意味がある。

「あなたは筋トレをしているけれど、その目的は何かしら」

「…答えにくいのなら選ばせてあげる」

「筋トレを、するの?しないの?」

「私、思うのだけれど、あなたの思っているとおり単純にかっこよくなりたいだけなら、もっと早い方法があると思うのよね。」

もう一つ、人生を加速させる方法がある。それも急速に。

「一度オナ禁を試みたことがあるわね。その方が、栄養が筋肉に転化されるから。でも失敗した。なんで失敗したの?」

オナ禁をする理由があったのなら、それを辞める理由もあったのかしら。その理由を破るくらい強烈な理由付けが、あなたの輪郭を撫でるより確かな感覚として、毛羽立った肝を鷲掴みにされる最後の瞬間まであったのかしら。」

「わたし、知っているのよ。あなたのことは何でも。」

直近で実現可能な嘘をつく。現実が自ら発した妄想に追い付こうとする速度は、全ての事象に追いすがる意思の中で最速である。

「あなたは理由に寿命があることを知っている。すべてのことは動悸に過ぎないということも知っている。それは内発する衝動に留まらず、時針のあゆみでさえね。」

「その傾向が、あなたの生命が持つ歪みから来ていること。見ているものや感じるものがすべての世界で、あなたは自分の姿を留めようとはしない。それは他者へ向ける視線も同じこと。現にあなたの言う客観性や巨視、また慰めは、もはや一般論でしかない。」

「それは、あなたの振る舞いに拠らない、もっとも美しい詭弁のつもりで言っている。むしろ、あなたが他者に求める共感性は、まさしく忌憚のそれなの。あなたはひとに分かってもらおうとはしていないでしょう?」

「あなたの心象を説明するのに、あなたはただ心を尽くせばいい。誰の説得も必要とせず、あなたはあなたの納得を高額で買い取るのよ。」

「わたしにはなんでも分かる。あなたのことならなんでも。」

「…」

倦んだ瞳の底で眠っている感情が俺には分からなかった。知っている人間の前で無知を晒す、これが萎びた赤子の頃に味わった原初の恥辱であることを思い出した。

「存在理由」

今の今まで私が吐いた言葉は一つだった。私はそこから広がる無限の可能性に打ちのめされることもなく、ただ黙して思い付くだけのすべてを肯定し、ありとあらゆる意見を呑む。そうして、私は私の納得を買う。たとえ暴利を積まれようとも私はそれを買うための手段を用意するだろう。

「俺は人を殺すために筋トレしてる」

私は今嘘をついた。まだ嘘のままだ。だがこれが嘘である以上、この人生の助走は十分ということだ。やがてその目的が差し迫った時、俺の人生は最高速度に達するのだ。

そして言い放つのだ。空でもない俺の心に向かって、俺の心に住まう全能の意思に向かって言う。これが決別となればいい。これで破綻してしまえばいい。自分の納得を買うために講じた諭旨など、あくまで正極の他者を装うピエロなど、俺の筋肉の前ではいらないのだ!

「ここにあるのは!」

「お前を殺す筋肉だけじゃ!!!!!!」

 

・・・

そうして彼女は言った。今度は確かに笑った。不敵な笑みが蕩けた双眸に渡るかのごとくして、彼女は息巻いた。

「存在理由」

瞳の奥は夜より暗く、ほのかに温かいのだった。