モペゾム・ド・思考

抽象性、無意味、無駄、

この世にないもの

一定の共感を持って接する。実在しない情景を想像で補って、あたかも同様な感情を出だす。得てして、感情なるものの杜撰さを感じ、非論理的構成を感じ、故に感情なのだと決定付け、この違和感を喉奥に押し込んだわけである。借り物の感情に実在性は確保されるだろうか。これを認めたくないのはやまやまなれど、事実それを感じる体内は、否定のしようがない。「あの夏」と云い、「ああ」と言って、実在しない景色に思いを馳せる。あるいは、実在しないからこそ如実に、この喪失に唸るのだろうか。

 

 

一時半、昼餉を下げ、寝るか寝ざるかの間にいた。

三時よりバイトが始まる。よって多く眠れるわけではないし、リスクがある。

そんな理性の抵抗と欲望の凌ぎ合いが、ただ一時の幻しを見せたのかもしれない。

意識は混濁している。現実と同じ半覚醒の状態だった。和室六畳間から洋室四畳半へと遷移され、硬いフローリングの感触に辟易といった様子である。

兄弟部屋には兄がいる。兄がいる必要はなかったけれど、兄はいなければならない。そんな気がしたのである。彼は流行のテレワーカーで、そんな彼の小気味良いタイピング音を一部屋越しに頼み、眠りの淵へと誘われつつあった。

夢を見ながら現実の情報も入る。感覚は四畳半にいて、視野のうちに六畳間の時計を捉まえている。時針は二時前を指す。

このとき、自分が何を思っていたかは定かでない。とにかく混線状態だった。そんな夢を見ながらも、出勤時間が刻一刻と迫る様を捉えているし、アークナイツのスタミナが溢れているのも感じる。依然クリア出来ていない、今日が刻限のエクストラステージの攻略を考えていたかもしれない。

やりたいこととやるべきこと。この二者に苛まれていた。欲望とそして理性とがぐちゃぐちゃになって、境界が曖昧になって溶けだす。熱か。暑いと思ったなら、既に夏が来ているかもしれない。

時針と、四畳半の扉枠とが高速に明滅する。その明滅の狭間に誰かの声を聞いた。

誰の声かしらん。聞き覚えはある。懐旧が胸を詰まらせるが、閉塞の正体が分からない。俺は知りたいと思った。

時針と、扉枠と、女の声。女の声は次第に輪郭を持ち、扉枠の景色と融合した。黒い長髪、脇下くらいの背丈、ボーダーシャツとデニムのエプロンワンピースを見た。家族でもない。親戚でもなんでもないかもしれない。従姉妹の声に似た気がしたが、近時の彼女はこんな状況じゃない。

「ちょっと待て」と言った気がした。

フローリングと肉体が軋み、そいつの顔を見ようとした。

彼女は後ろを向いた。兄のいる部屋に向かった。

時針は二時を過ぎる。

「誰なんだ」誰かが訊いた。俺にはよく分からなかった。

四畳半の扉枠は兄弟部屋の扉枠になる。近づく。そこに彼女もいる。

女の声がする。(何を喋っているのだろう)

「起きなあかん」二時二十六分には支度を始めたい。それまでの間…

「起きてよ!」

(起きたら誰か分かるのか?)

きっとわかるような気がした。

起きよう。目に凝っと開こう。

時針がそれ以上の真実を示すことはない。

扉枠は二十余年の経験から真実さながらに投影されてある。

目を開くのは、女のためだ。

(早く起きないと!)

俺は、起きなければならない。

 

 

 

起きてからアークナイツの作戦をやった。

三回やって、三回ともダメだった。